僕は建築学科出身なので今回の事件の後、人と会うとよくこの話になります。そこで気付くのが、「一級建築士と言ってもあんな小さな事務所でやってて、でも全国展開してるんだね」と、あの映像に興味を持った人が少なからずいました。つまり社会の持つ「建築士」イメージと実際とのずれを埋めることに少なからず貢献したのではないかという実感を、会話の中で持ちました。僕としてもあの事務所の映像から、買い叩かれてるんだろうな、と想像せずにいられません。建築士ブランドがどうなっていくか、今後見ものであります。

 まああの映像は需要に対して建築家が余っている表れでもあったのでしょう。東大建築学科の卒業生が建築業界に行かなくなっているご時世ですから。一昔前の安藤忠雄研からですら他業種に行く人が多かったと聞くし。

 現代では岐阜市は典型的な地方都市としての地位にいます。しかし戦国期は中仙道を有して東国第一の都市でした。


米コカ・コーラ、「コーヒー入り」製品を発売へ CNN.co.jp 2005/12/08

ニューヨーク──米清涼飲料最大手のコカ・コーラは7日、ニューヨークで投資家向けの会議を開き、コーヒー入りのコーラ「コカ・コーラ ブラック」を新発売すると発表した。
コカ・コーラは、消費者の健康志向などから売り上げが停滞。競合するペプシコなどの追い上げで、業界ナンバーワンの座が危うくなっている。

 ほほう。ペプシコーラの薬臭さが嫌で僕はコカコーラ派だったのですが、世界的にはペプシの方がより健康イメージがあるのか。「健康」は危うい言葉のようであります。


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ぼくらの七日間戦争

 本当に良い映画でした。中学校に流れる80年代の空気を思い出すことができます。

 主人公たちは80年代後半の中学生であり、いわゆる団塊ジュニアでコーホートが大きくて、学生にとっては売り手市場の時代でした。つまり教師が偉かった。
 僕はその少し下の世代に入るのですが、僕の中学でも3年くらい前まで坊主におかっぱが校則でした。小学校時代は、今なら問題になるような体罰をしていた先生もいました。つまりこの頃までは教育も近代だったのが、いまや完全にポストモダンに入っています。70年代生まれくらいまでが、「近代的」な学校で生活した最後の世代ではないでしょうか。
 今の小学生がファミコンを知らないように(まさかファミコンジャンプなんか知らないでしょう)、当時の「中学校」の空気は分からないのでしょう。あの頃は「ゆとり」だとか「個性」だとか、そんな言葉は無かったように思います。

 映画の設定は分かりませんが、エンドロールから想像するとロケは館山のようです。校則は都市部でより厳しかったのか、それとも農村か郊外か、この辺りはとても興味深いと思います。余談ですが、村上龍『希望の国のエクソダス』はたしか田園都市線沿線に住む高校生を描いた小説で、たしかに郊外的な小説で、郊外の中でも田園都市沿線ならそんな高校生もいるのかなと想像させられます。


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所在地: 岐阜県岐阜市
最寄駅: 匿名希望駅


司馬遼太郎が考えたこと〈11〉エッセイ 1981.7~1983.5』司馬遼太郎 新潮社

 なぜかわかりませんが、中国文明の周辺にいるグループは、安南とか蒙古、匈奴とか鮮卑、日本とか朝鮮、すべて二字で、一字名はないんですね。
 韓だけが一字呼称でした。珍しいといわねばなりません。
 日本だって、倭といっていたのを、日本と号すことがありました。中国に朝貢しなければいけないときに、一字をおそれて、つまり中国に遠慮して、大急ぎで日本という国名をつくったのだと思います。
 韓というのがそのまま残ってきたというのはおもしろいですね。韓はなにか中国文明圏とのあいだに、特別な因縁を持っていたのでしょうか。いずれにしてもふしぎです。


 「市民参加」は言葉としておかしいのではないでしょうか。米の無いどんぶりがありえないように、参加しない人は市民とは言えないはず。

 その点、「住民参加」は良いように思います。住んでいるだけだった人が参加する感じが出ています。