パリでかわいい小物を買ってくる
ことについてあれこれ考えるとなにやら実はとても奥深く、狭義には不可能ではないかと思えてきます。
「「かわいい」論」によると、「かわいい」とは小さくて未熟でダメなものを偏愛することだと言います。そういう観点からだと、フランスという国はとても興味深い国に思えてきます。
フランス語では残念ながら、「美しい」は一般的にbeauであるが、「かわいい」に一語で対応している単語はない。子供の顔をそう呼ぶ場合にはgentilだが、この言葉はさらに多くの別の意味合いでも用いられている。ただ小さいばあいにはpetit。これは『星の王子さま』という小説の原題がLe Petit Princeであることからも、理解できるだろう。charmantはより魅力に溢れている場合。mignonは小さくて愛らしいが、日本語の「かわいい」よりもずっと範囲が狭い印象がある。いずれにせよ一言の決め手がないことが逆に、フランス文化のなかに「かわいい」神話が美学的イデオロギーとして定立されてこなかったことを物語っている。(p.40)
省に休暇を貰って先週、フランスを旅行してきました(注:オフィシャルな旅行ではなかったが、省の活動を1つだけ行うことができました)。
パリでの印象は、女子高生が闊歩して歩く姿は見かけなく、日本と比較して外食は一般に割高でその世代が気楽に入れる類の店が日本と比較して遥かに少なく、CDショップにポップスは少なくて若者文化など皆無ではないかとさえ思ったことです。
また星が2つ以上のレストランでは、フランス人の子供をまず見かけません。親は決して連れてこないのだそうです。
とにかくパリでは中高生が肩身を狭くして過ごしている印象を受けるのです。僕の気のせいかもしれませんが、まあ大きく間違ってはいないと思います。
フランス人は絶対的で数学的な美を志向するとは言われます。フランスで日本人が見て「かわいい」と思えるものも、フランス人にしてみればそれは美にほんの少し香り付けしたものでしかなく、やはりbeauこそ至上だというのでしょう。
つまり圧倒的に「大人」社会なんでしょうね。目指すべきは完熟で完璧な人間であって、未熟でスキのあるものは価値観として認められていない。
たとえばエビちゃんの「かわいいOL」などはこの国では矛盾でしかないのかも知れないなと思うし、こういう空気は美しいけれども、美しさに隠れているその空気は未成熟な人を息苦しくさせることもあるのだろうなとも思いました。村上春樹の80年代のエッセイに「今「金もないけど就職もしたくない」と考えている人はどこにむかえばいいのだろうか?」と80年代の空気を憂えた下りがあったように思いますが、この国ではアダルトチルドレンみたいな人はどこに向かうのか気になりました。

リヨンを訪れると駅前にマンガショップがありました。日本や韓国のマンガがフランス語に翻訳されており、店内には客が少なからずいました。最近一番人気のあるマンガは何かと店員に尋ねると、「NARUTOだね、月間ランキングでは」と答えました。スラムダンクなどジャンプ系のマンガをよく見ました。なぜ「ヒカルの碁」まであるのはよくわかりませんでしたが、とにかくジャンプ系が多いようです。
少女マンガはあまり見ませんでした。おもちゃ屋にキティがあるし、テレビではとっとこハム太郎を見ました。


若者文化の少ない、というか構造的に作り出せないフランスでは若者文化は輸入せざるをえないのでしょう。
「「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか」で大塚英志さんは、ジャパニメーションを国家戦略にするべきでないと熱く語っていますが、少しくらい「かわいい」を輸出することに積極的になっても良いように思いました。「かわいい」先進国であることに間違いはありません。

