ペンタ君/ジャイアン/トワイライト
ペイントハウスという会社の経営が思わしくないようです。
三菱東京UFJ銀行から訴訟を受けており、企業として評判が良いとは言い難い状況らしい。ペンタくんというキャラがいる京王・小田急の多摩センター駅が最寄り駅の本社は隈研吾氏が設計していて、それでご存知の建築関係者も少なからずいるのではないでしょうか。
これを聞いたとき、ペイントハウスは重松清「トワイライト」のジャイアンの職場ではないのかと思いました。この小説は1975年3月に「多摩川ニュータウン(多摩ニュータウンをモデルにしているのは疑いようもない)」の中にある一つの小学校を卒業した主人公たちが、タイムカプセルを開けるために2001年に再開するところから始まり、大阪万博をつないで「未来」を強く意識した彼らが今まさにその「未来」にいることを見事に描いていました。まあ結論を言ってしまえば「未来」はそれほど良いものではなかったということですが。
多摩センター駅から少し奥に入ったところの空気を、丁度このペイントハウス本社の奥くらいでしょうか、確かにこの小説からはあの空気を感じ取ることができます。あの空気も東京でしか吸うことのできない東京らしい空気の一つなのでしょう。
数年前、小学校二年生か三年生だった千晶に、こんなことを言われた。
「あそこって、ぜんぜん田舎っぽくないから嫌い」
おじいちゃんちやおばあちゃんちは、田舎っぽくないとだめ――なのだという。新幹線や飛行機に乗って出かける遠い町で、そこには海や山があって、田んぼがあって、畑があって、できれば動物も飼っていて、夏は盆踊り、冬はお餅つきがあって、なにより広い一軒家でないといけない。
「だってそうじゃん、マンガでもなんでも、田舎の家ってすごい広くて、のんびりするけど、あそこは団地だもん、ウチより部屋の数も少ないし、四階まで歩いて上がんないといけないし……」(p.122)だが、いま、太陽の塔はひとりぼっちだった。一九七〇年に太陽の塔を取り囲んでいた未来は、もう消えうせた。「未来の顔」が夕陽を浴びて光る。今日の終わりを受け止めて、身じろぎもせず、奇妙な形の未来が、ぽつんとたたずんでいる。
(略)
違うんだ――克也は太陽の塔をじっと見つめる。こんな光景を見せたくなかった。二十一世紀が未来だった頃の太陽の塔は、力強くそびえ立っていた。こんなに寂しげではなかった。もっとにぎやかで、もっと明るくて、もっと幸せな未来があったのだ、あの年の夏は。(p.280)

